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延伸は隠れ家の予定調和を回避しつつ 音言遊戯帖第92集

 

      Во время растяжения вокруг и гармонии в убежище

❏ 2014.1.6-2.11

❏ Два девяностый том тетрадей для игры звука и слова

 

 

Звук,звукозапись,стихи,Фото.и дизайн:ОНЮГИ. Программное оборудавание, Cakewalk/MUSIC CREATER 5. ZOOM Handy Recorder H1.Shure SM57 микрофон,Cardioid DM-876S микрофон и Yamaha MV802 Хроматической насторойка,MT-1200,TU-12H. Зписался на звукстудии ругнои работы ОНЮГИКАН.
6 Января~11 Февраля 2014.
URL:http://onyuugi.wix.com/onyuugi/ Блог :言遊戯帖:http://kotoyuugi.seesaa.net/ 音遊戯帖:http://onyugiguitar.seesaa.net/ Email:onyuugi@infoseek.jp
Music,recording,poem,photo and sleeve design by onyugi. Recording application software Cakewalk/MUSIC CREATER 5. ZOOM Handy Recorder H1.Shure SM57 microphone,Cardioid DM-876S microphone, and Yamaha MV802. MT-1200 Multi temperament tuner,Chromatic tuner TU-12H, Recorded in The Handmade Studio ON YUGIKAN.
6 January~11 February 2014.
URL:http://onyuugi.wix.com/onyuugi/ Blog :言遊戯帖:http://kotoyuugi.seesaa.net/ 音遊戯帖:http://onyugiguitar.seesaa.net/ Email:onyuugi@infoseek.jp

使用楽器・音具 Музыкальный инструмент/Звонкои инструмент

 

 

ギター5・Electric classic guitar(APX-7CN)

 

チェロ

 

桑活性剤のビン

YouTube

 

4:11 3:21  4:45  3:00  6:30  2:48  3:01  3:04  3:11  3:54  5:46  8:02 

 

 

Total time Общее время звучания 51:25
各曲には長い沈黙が収録されています。ご注意ください。

延伸は隠れ家の予定調和を回避しつつ

 

延伸は隠れ家の予定調和を回避しつつ、再度の備忘を串差しに軌道する。過ぎてゆく行間を秤に陥れながら、それでも終始的確率論さえgajtを時代の仮面に名付けようとする。が、果たされてそのままの失望に疑義を見失っていたのは、取り残された青い休日の点描詩。呼び戻されて、なお、錯視に黄色い屈折を砂にまぶしかけていたのも意匠の研ぎ澄まされた贖罪かもしれない。

 

前輪に貼りついた夢を見て

 

前輪に貼りついた夢を見て、砕け散ったテトラポットを隙間に北極海に投げ入れてみる。その硬さに弾き返されて、ふと、横を向けば自分の鏡のような他人が「人」の字になっていて、わたしという他人を意識することもないのだろう。虹色のタブローはどこかおとなしげで、それでも後戻りできない蟻地獄のガラスの破片は、追加事項の祝典をカロリング時代の装着に着飾られている。滲み始めた日常の都市の啓蒙は、あらためて、望まれることもなく、物理的な喪失感を裏切りながら、ショルダーバックにすっぽり納まっていて、何事もない偶発に辛くも更新されている。

 

赤い車輪の壁雨に近づいたつもりで

 

赤い車輪の壁雨に近づいたつもりで、斜めによじれていたから自分もよじれて実は壁雨に押しつぶされかけていた突き当たりの廃材。20世紀の大使館は宙に浮いたハシゴの果実に過ぎないと、これまでも聞かされてきたようにも思うけれど、それでも、きっと、細長いソファのステージに立てば、もう一度銅線のように戸惑うにちがいない。欠くことへの執着をほのめかすのは容易でもないが、「新しさ」を無媒介にして武器にしてしまうのは安易というものだろう。上り詰めて先のないことをはじめから知っていたというのは、後知恵に過ぎないが、ほうり投げられて目の前で回転しているのは「人」の浅知恵だ。

 

何度も触れてきた腐食の錆色と

 

何度も触れてきた腐食の錆色と、実は誤解してモテットをなぞらえてみる。0.1ミリをやはり0.1ミリ削って残るはずのない軌跡をもてあまさなければならないのは押しつぶされたエッチングのせいなのだろうか。оышкКпёはいつまでたっても理解することができないと理解しようとしてみても、「この先幅が狭くなっています」は廃棄された保管庫の保管庫に潰れてしまっている。どこに飛んでゆくのか鋼鉄の筏を甘い粘土に浮かべて、市場へのスタジアムを震えながら瞳を凝らしていたのは、レンガの水道橋を行く月の蜘蛛。よく見るとなぜだろう、足が5本もある。

 

外破の船に舫われたКабаковの廃れた市場を

 

外破の船に舫われたКабаковの廃れた市場を、さらに破走の砕けた焦点を見定めることの非可能性ゆえに、繰り返される食指に透視を無理強いする。したがって、キャンバスから望まれる茶色い瞳孔の省察はゆるやかな島の書庫に眠っている。閉ざされてなお、風に後ずさりながら、細やかに精査されてゆく砂のカップは唐突の撃破に言葉を失うことすらある。それでも、連れだって、リフトの軋みを実在の頼りとして、緑の雪面に映りこんでいるのは、構築されかけた骨格の露呈したままの知の瞬間でもあるし、これから訪れの期待され続けていた裏側から想定されたこちらの裏側からの裸形の見取り図でもある。

 

ゆがみから言語態の贈り物と

 

ゆがみから言語態の贈り物と、魚の出口を出て右に曲がり続けながらふたたび出口へ戻れない閉域をどう解釈すればよいのだろう。途中下車は許されながら区式の踊りと旅を続けていたのはポスト・コロニアリズムへの疑いだったにしても、その日の交雑性を自前のマスクで閉じ込めておいて、やはり出口へ戻れないことの苦味を再生している。池のほとりの玉砂利はそれからの地籍の「さん」を思い出すことがあるかもしれないが、跳ね返された二層の木霊は電信橋の局面をくすぐったがってもいたし、月から伸びた延伸線の頼りなさは自前のポケットに届けられている。

 

切断を求めるkへの水路のчへの

 

切断を求めるkへの水路のчへの、俗物性への内省を痛みに差し出しながら、外部へと向かうのはあくまでも潮目の「の」でしかない。言葉の切れ端を集めてワゴンに乗せて、L砕のつもりでプロペラのうなりをまじかに聞いている。その空恐ろしさに気がつくこともないのは日常のゲッペルス。マントを翻しながらそれでも足りずに仮面に身を隠すことを責めることもできないが、今考えることはできるだろう。態様は煙突からこぼれた一つの公文書に過ぎないにしても、だれがそれを「過ぎない」などと覚えておくことができるのだろう。まして「 」の意味を問うのは( )を引きずり出さなければならない。

 

アプリケーションする沼貝は非対称への人称に繋留されて

 

アプリケーションする沼貝は非対称への人称に繋留されて、その試筆を知の静謐へと差し渡す。浮き出た葉脈は濡れた翅脈とのはかなさを互いの分布図としていつくしみながら、立ち去ろうとする主題を求めようとしている。それでも、屈曲は視線の生き様をよそにして、「課魚」の後衛としてやはり繋留されてもいる。嘆じは6枚入りのテキストの階層説を疑うわけでもないが、冷たさの記憶は可能の壁際の刻印として最も近い評決の閾を秤にかけている。そして、両義性への陥没した粘質の在りかを確かめながら、朝の市場への解雨を慎重に回避しては、通俗への覚悟を囮にしている。

 

限りなく等式へと近づく瑣事生に憧れて

 

限りなく等式へと近づく瑣事生に憧れて、目を伏せてみたものの、伏せた先にも転がっていたのは焦げ葉の小さな渦巻き。その先へ行くことの難解さをあらためて知悉の周辺からこぼれる設定手順にすがって、やはり、紡ぎだされてきたのは背離への代替船。祈ることなどないと諦めかけて、水に浸かった丸太の底を思い出すこともなかったのは国を渡ってきたばかりの1と1/2。理不尽さは黴の上に転がるプラスチックの球形のように、:32を過ぎた頃に小窓の拡張性へと装填を慰める。とてつもない平たい俯瞰はときとしてのゆるやかな、それでも、針金の不等式にぎこちなく見取り図を与えている。

 

久しぶりに袖を通した黒い缶空の静的動態をぬり絵にして

 

久しぶりに袖を通した黒い缶空の静的動態をぬり絵にして、さて、それからの予測を鉛の本に差し込んでみる。離れかけた視線の浮動の軌跡の中で、青い楔は右に流れかけていた。自らの行為の忘却に驚かされて、振り返る「コーヒーパン」の賃金カットは「等価性の連鎖」への期待に満ちた本質の主義への齟齬でもある。痛みをそのままの麻布のキャンバスに見立てて、限られた空間の香りをいとおしむのはWの-%-でしかないが、ゆるすぎる坂を区域に変えて、辺境から眺めたこの地点の辺境を序章にすべきなのはあまりにも無防備な外気への軋みでもあり、憧れへの数値を虚勢に変えた偽の装置でもある。

 

並べられた名札の傷みの数ほどに

 

並べられた名札の傷みの数ほどに、周縁への綱渡りを眺めていたのは長江の人。いつしか飛び上がるヒストリズムというもののお膳立てを融合させて、あまりにも水路は青い。夜想を夢見ることもないわけではないが、日とつぶす路地のカノンは無言の踏切を通過させて、あの日の声へと安らいでいく。横断しつくされた審級の具体からは、無心の警句が携えられていたし、還元され行く補完の投影を拾い集めてもいたのだった。そのたびごとの寝苦しさは追いかけられる地図を引きちぎらざるを得なかったし、まして、痩躯の記述を偽るわけにもいかない外域への特権でもある。

 

3ポイントの文字は歩きにくいから

 

3ポイントの文字は歩きにくいから、だからといって、森の棲家には3.5㎜グラムの門がゴマフアザラシの5弦は開放だからポプラの並木の寄り添いたくて遠回りをする。はしゃいだ後の滞留は舫いの小船に古本にしてしまったけれど、白いはじけは截然と電波に乗るのもおかしな話でもあるし、収支の下記に並んでいる。ランダムの部の発話的行為遂行は、潮の湖から引きずってきた重機を土地にめり込ませたまま、主従の関係を宙吊りにしてやはり破壊の地勢図に形成されている。「いないのは」バラノリリアばかりではなくて、唯一の窓からの滑空を蝋燭にたらしていた批評学の確かさにいる。

 

 

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