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変容させてみる負の視の世知を

 

音言遊戯帖第125集  

       

 

 

  Давайте попробуем изменить негативное

  восприятие обществаной рассвета

 

 

❏ 2025.7.25-8.12

❏ Сто двадцать пятый том тетрадей для игры звука слова

Звук,звукозапись,стихи,Фото.и дизайн:.ОНЮГИ.

Программное оборудавание,Studio One. ZOOM Handy Recorder H1.MT-1200,TU-12H. Зписался на звукстудии ругнои работы ОНЮГИКАН.  25 июля  ~ 12 августа 2025.  URL:http://onyuugi.wix.com/onyuugi/ Блог :言遊戯帖:http://kotoyuugi.seesaa.net/

音遊戯帖:http://onyugiguitar.seesaa.net/ Email:onyuugi@infoseek.jp

Music,recording,poem,photo and sleeve design by onyugi.

Recording application software Studio One. ZOOM Handy Recorder H1. MT-1200 Multi temperament tuner,Chromatic tuner TU-12H, Recorded in The Handmade Studio ON YUGIKAN. 25 July  ~ 12 August 2025.

URL:http://onyuugi.wix.com/onyuugi/ Blog :言遊戯帖:http://kotoyuugi.seesaa.net/

音遊戯帖:http://onyugiguitar.seesaa.net/Email:onyuugi@infoseek.jp

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使用楽器・音具 Музыкальный инструмент/Звонкои инструмент

ギター8・Acoustic guitar(Fendar・MA-1)

ギター10・Acoustic guitar(TAKAMINE・TSA800)

​パソコンデスク

YouTube​

1:49 1:48 2:47 2:23 3:17 2:57 3:25 4:02 3:58 1:43 5:22 4:28

Общее время звучания Total time 35:29

変容させてみる負の視の世知を
 
変容させてみる負の視の世知を、一種の誇張を含んだ戦犯への先入見を廃しながら、空振りしている梅雨の空。古めかしい修辞学を反転させて、赤い目玉の嘘が含まれている。野心や高邁なレトリックを紫色の切り貼りのピアノにRして、点在のソノ古代の失語に疑いを挟むことのない碧の鳥たち。本義的発話になぞらえて、是認はぶつぶつの音のしっぽを満ちている。それなのに、停止の過程はビリンバウのR=Pの薬物的類似性に歪んだ踊らされてしまっている。それらの試論を噛み締めていた分けて離れた問題の地平を略記させていた、無垢の遠洋船。

 

来示の勲章は声楽の雨に鋼色の壁に掛けて

来示の勲章は声楽の雨に鋼色の壁に掛けて、それまでの端部に帆の数が必ずしも一定していないためか、影と影を切り裂いている。サリーは氷の塊だとしても、視覚的把握の困難は停止に飢えたエレベーターの母語を砕いている。801-7ソの(64)の推論を封印しつつも、気取りの韜晦は誰に教える必要もないが、必要のない韜晦を誰が認識するのだろう。強調された薄っぺらな美学を再びの勲章にして、おまけに化粧をして、浜辺で立ち上がることのできない葛藤を知っているのは自分だけでもあるが、惹起されるべき解釈素の転義的祭りを奏でているマンドーラ。

存在価の見限りのキャベツだから

存在価の見限りのキャベツだから、開かれ始めた心臓に眩しさを差し挟んで戸惑ってもいない魚の枯れに、電池だ。縦に並ぶコラージュの青を右手に眺めて、空き瓶の音に耳を澄ます。影は淡いを切り取りながら電信柱ピアノの下で笑っているに違いないが、どうしてもゆるやかに校庭をめぐるちぢみ鳥の看板がセンターラインの機能を奪い続けている。石に書かれた時刻の偏位をいくつもの重層のネオンサインに伝播して、とってつけた地平に浮かぶアンフォルメルをくすぐったい。それは他の人がそばにいないことへの共鳴でもあり、文字に込められた解離でもある。

擬制的共同体の延長上にある倒錯と

擬制的共同体の延長上にある倒錯と、記憶は境界線を知っているのであり、ダンボフの領域は手元の時計を狂わせている。報告されている指定席の辻褄を切り取って、現代のアイコンは露呈のパビリオンでオンラインされている。ましてや、あの日の祭りの逃避からは、全体の夜の白いスクリーンは砂利に埋まったままだ。したがって、深みを聴き取る実際の消えていった音にフロリダの童心は、斜面を滑り上がるサマルの自惚れを展示したままにしている。そして、不正確を装う曖昧さのゆらぎの惑溺に都市の水平線をさまよう造語のように、具体を枠組みとした心電図を距離している。

廃疾のコックピットの0682的重層化された機制に

廃疾のコックピットの0682的重層化された機制に、これから吊るされようとする仮面の傷からは、合計された失意が滞っている。それらの放射の行方を知りたくて、L裂の定数を右手で減衰させながら、人智の疑いをはじめて知っている。地球の向こう側を知ったようなふりをして、剥がれた階層の切なさを繰り返し道しるべに空間化している鏡像のこちら側に、礫は四角い水たまりに浮かんだまま切れている。探られた軌跡の踏切の記憶に惑わされつつも、驚いた三角野郎の窓辺には、おしゃれな街かどが似合っているのだし、<に括りつけられた航跡の値を歯ぎしりしている。

焦燥は取りはかられたビフェニールの沈黙にとどまっているし

焦燥は取りはかられたビフェニールの沈黙にとどまっているし、擬態の論理に伏された近似値の杭を塞がれた枯れ木魚の腐乱にも声している。鳥海の波紋の裏側からのカンテラに付き添われて、振り返りざまの「R」行の色彩を手にとっている。それらのすべての誤解を解くために、窓から踊り出ようとする遠ざかりかけたモノクロの汽船をさらに疑って、尖塔のはためくダンスをゆっくりと味わっている。灰色の空気をさらに遠目に引き寄せながら、霧の中に消えてゆくわけでもない泡沫の償いを蘇生している。ならば、あやうい緊迫の微香に冴えて、不順の失速を耐えている。

ねぼけたボタンの蟹行の逆向に

ねぼけたボタンの蟹行の逆向に、そこから先に進むことへの息苦しさは何時からだったろう。mはきっと№48にも見放されてしまっていて、あけられたままの霧の憔悴を飲みほしてもいる。Asは隣の十字軍にそれすらなんのことかはわからないままに、あやうい跋扈を繰り返しているのだから、寸づまりの6階からのタンクの「お水」なのだろうか。風船を欲しがって、とうよりも手放してしまった後悔は誰にも慰めようがないけれど、壊れて落ちてくる形骸は慰める必要もないのだから、お手製の箱に仕舞っておこう。とりあえずの禁句を散逸させて、破戒を思い出している。

域の苦しさは綴じの向こうのジャムの香りに包まれて

域の苦しさは綴じの向こうのジャムの香りに包まれて、それまでの開示の小窓にカラカラの5円玉。昔の包帯に跳ね飛ばされたままの呆然はへこんだ修辞の付箋を余儀なくしている。句読点を置き忘れた瞬間の資生のモンドリアンを懐かしがったにしても、鉄の耳は巨大な円弧を重ね続けている。塗り固められたスクラップの雨だれに外を眺めはじめていたのは、おそらくの墜落寸前のトビウオの明滅かもしれない。静かだったから、朽ちすぎた愚弄を持て余すのも時には致し方のないことであるにしても、終生はすぐそこにやってきてしまうのかもしれないという、日常の青い作業を掘り続ける。

そら耳の抱合脚韻を損失の抽象にして

そら耳の抱合脚韻を損失の抽象にして、伸び始めたばかりの式の瞬間を等閑視する。多様性がある程度はつかめるはずにしても、敷衍されたクルトヴァーザの航跡を局所への進駐としてふたつの沈黙を論じている現象の姿たち。あらゆる事象が疲労を開始するにしても、保護されている時代の背信を救えるものでもなく、問題は音のない音にしても、その不自然さは転がり始めた鉄の0x36に過ぎなくて、人気のないギャラリーへの不安を楽しんでいる水先案内人でもある。納得して、それらの共役不可能性といった仮説を大事に見届けている最終部分。

外れた歯車をГимнопедия №3して

外れた歯車をГимнопедия №3して、繰り返されるデクレッシェンドをこんなにもシンゴニウムしていた。閉じるまでもなく、顔を憂いを訊きながら、装着された凌ぎ水の切なさはなんなのか。あまつさえ字間の韜晦を覚えることもできなかったし、倒れたままの音粒を拾うこともできなかった。心電図を拠り所としつつも、誤解のすき間をトリコロールして唐突のオルゴールの錆に気がついてもいる。言及されたはずの穴から溺れた魚の雪の中を消えていった自転車を、さらに転がって、滑り始めた木造建築の煙突を手でこしらえて、パラボラに描いている。

境界に沿って塗り固められた地図の断裂と

境界に沿って塗り固められた地図の断裂と、引き剥がされてなお呼び出された都市の錯綜をラッパに石している。果ての葡萄の廃している傷の瞬間をそのまま思想の時刻としてなぎ倒している平方根。それでさえ、許されることのなかった自走の記述にあって、涙顔は固定したたままの褪色にとろけはじめている。ならば、それさえ見極めがつかないほどのレンガのr」26に決している負の定数を諦めかけて歪んでいる。北への拝跪は言うのはたやすいが、残された坂を登ることの自戒をマンホールに詰めて、流れ出しているのは、きっと、S市の錆びた時計台になっている。

安易な線状をたぐりよせて

安易な線状をたぐりよせて、アルヒーフへの格闘を夢みたあとで失ったものは癒えたばかりの不完全。落ち込み始めた踊りの階梯をなんども描きながら、いまだに後から着いてくるものを併走させているのはいつの間にか消えてしまったような混乱の地勢。だからこそ、整えねばならないと5分はあまりにも不順の水を滴らせている。すでに、圧差はすぐそこへの意志の稼働を「あ」然とさせて、広すぎる果実の交差を横目に眺め続けていたにもかかわらない、終焉の地の真夜中の波動域を後ずさりしながら、口読の気だるさを背負い続けてもいる。

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