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方法は汎性を迷路と捨てて

 

音言遊戯帖第106集  

       

 

 

  Способ выбросит общий лабиринт

 

 

❏ 2018.10.18-11.26

❏ Сто шестой том тетрадей для игры звука слова

Звук,звукозапись,стихи,Фото.и дизайн:.ОНЮГИ.

Программное оборудавание,Studio One. ZOOM Handy Recorder H1.MT-1200,TU-12H. Зписался на звукстудии ругнои работы ОНЮГИКАН.  18 октября  ~ 26 ноября 2018.  URL:http://onyuugi.wix.com/onyuugi/ Блог :言遊戯帖:http://kotoyuugi.seesaa.net/

音遊戯帖:http://onyugiguitar.seesaa.net/ Email:onyuugi@infoseek.jp

Music,recording,poem,photo and sleeve design by onyugi.

Recording application software Studio One. ZOOM Handy Recorder H1. MT-1200 Multi temperament tuner,Chromatic tuner TU-12H, Recorded in The Handmade Studio ON YUGIKAN. 18 October  ~ 26 November 2018.

URL:http://onyuugi.wix.com/onyuugi/ Blog :言遊戯帖:http://kotoyuugi.seesaa.net/

音遊戯帖:http://onyugiguitar.seesaa.net/Email:onyuugi@infoseek.jp

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使用楽器・音具 Музыкальный инструмент/Звонкои инструмент

ギター6・Electric acoustic guiter(ovationNS781-5 86)

クリップ(紫)

YouTube

1:41 1:20 1:08 1:02 1:19 1:03 0:58 1:28 1:22 0:58 1:58 1:24

Общее время звучания Total time 15:41


各曲には長い沈黙が収録されています。ご注意ください。

 

 

​方法は汎性を迷路と捨てて

 

方法は汎性を迷路と捨てて、レートフへの戸惑いの黄砂に空気失のトランス状態を関係として出発させる。困難はあらかじめ心理的自身の開かれた訳語を理解に苦しませるに違いないが、処置を政治性の内実に軸心化させるおぞましさに気付くこともないのだろう。横並びの微細な旋律を基礎概念にして、それでも、韻律の風致を39の拍節をカテゴライズされた救済策に織り込んでゆく。新しい異を危険視しながらの、脱×の見開きページには、Uの欠如が廃止を待つまでもなく行間の隅に白墨の香りを散布しながら、「今日は」と後戻りを許さない鉄の決意が書き込まれている。

 

停滞を埃まみれの秤にかけてみる

 

停滞を埃まみれの秤にかけてみる、その黙殺されたdの意味をトビウオはやはりわからないかもしれないが、虚失を反射している。L法の託された句形質の律準を定めて、クラヴィーアしているのは弾き返されたままの喪失でもあり、横取りされた議定でもある。その深夜、階梯への余儀なくされて、硝石されたエンドレスの解題を突きつけられて、どこまでも五線譜にとどまろうとする。カテゴライズされた波打ち際の不等式には空っぽのダンスがひしめいていて、夕べの円陣を忘れてしまったカモメ鳥が遠のいていってしまっていても、いつかの香りの行方は1394に戸惑っている。

 

片隅で旋回する青いリングの狭窄域に

 

片隅で旋回する青いリングの狭窄域に、名前の伏せられた合従連衡と呼ばれた相似形が連れだっている。そのままの階下へのリンゴ水の冷たさは憶えているにしても、19世紀に禁忌はコンクリートに遮られて、鉄柱のぬり壁に境界線を曖昧にしているのでもあるし、番号はレタッチされてもいる。それでも退避した人々を慰めていたのは譜例1582の仕舞われた倉庫の番人。古拙を省みるわけではないが、それらの半域をあくまでもの甘さに打ち解けながら、距離をむさぼる密室の謀には、すでに泳いでいる。葬送はあくまでも仮の擬態に過ぎないにしても、およぶ洪水の透明さをいとおしむ隙間もない。

 

曖昧さを紅紺の貼紙禁止に融消したにしても

 

曖昧さを紅紺の貼紙禁止に融消したにしても、切れそうな脳髄は下部構造を土台に変えてみたところで議論が先に進むということではないだろう。としても、枠組みを意識された即自の回生を望んでばかりもいられない。カタログに納まって、講堂の下にあったあたたかい食堂の俯瞰を懐かしんで、時計台のレンガを叩いてみる。それでも、通り過ぎようとする刹那の光景を三色旗に結んで二重性の溶融をまた始めてみるのも組成された湿度というものかもしれない。留まらず、収斂されてゆく没個性をあらためて個性というものを考え出して途方にくれてしまうのも仕方ない。

 

塊状の思想というものが

 

塊状の思想というものが、陳腐化への番号順を審級するものでしかないにしても、奇妙な4/6的レトリックの魅力を%してみる。紡ぎだされてしまった言葉の穿ちを検索してみては、それ以上のものでないことにもう一度言葉を穿ってみる。そして解かれたボタンの息苦しさをパスティシュして、お膳立ては充分だ。質問はそれだけかと聞かれて、さらに、R字型の音型を鵜呑みにしていたのは、レストランへの十字路かもしれないが、刺されたフォークは不安で一杯だったし、広すぎた暗闇の潤沢さに慣れきった目玉には潰れかけた平衡の時間のない動性が相似している。

 

穴のあいていない穴の埋められていて

 

穴のあいていない穴の埋められていて、おりんずの歪曲性を全規定してしまうことの慎重さに欠けているにしても、知らされてばかりの乱数値をロゴしてみる。越えてみて、月を引き上げようとするブロンズ作家のイメージに付き添いたくて、音を半分割ってみる。それでも、ヌエ的相乗の多面性を総合化してゆく困難は袋詰めされた破棄リスト化かもしれない。異静への貶められた反近代というアナクロニズムも、それすら、アナクロニズムに包摂されつくしているのかもしれないし、下降する精神をハンドバックから取り出して、駅舎の机にポンピドーしているのは左に折れた石の鉄屑だ。

 

浮かんでいたのだから青い稜線の葡萄と

浮かんでいたのだから青い稜線の葡萄と、接近するものへの片手の両義性を一つの中心軸として、曖昧な退路を消尽しつくしている。醒まされて言うは安易な20世紀の区分でしかないようにも思う。構造の相似を手元に引き寄せて、そのなおかつの乖離を訴状にしていたのは線の人でもあったが、そのことの逆説を咀嚼することも容易ではない。白紙は何もないのではなく、芳醇な複雑であると省みるには:の論理的位置を探すのはやはり困難というべきかもしれない。おそらくは左に折れた階梯の石畳を、変化の廃止を俯きがちに記憶にとどめておいて、その場に立ち尽くしていても立ち位置は540ページに埋もれている。

​おそろいの遍歴楽師の傷ついて黄色いロバの思考操作と

 

おそろいの遍歴楽師の傷ついて黄色いロバの思考操作と、名付けられたばかりの忘れ物。だから、思い出したときに忘れていたことを思い出してみて、「ジョングルール」はお気に召さないと帰りの電車の中で不等式の塔を眺めている。それは、ときとして、雲間に煙っていたにしても、記憶の無体を探すことの自己組織性には追いつかないのだろう。虹に蓄積されたハンカチ絵の気になる引っ掛かりをそのまま置き去りにして、駅前のロータリーには泣いたばかりの20年が円陣を組み始めている。とはいえ、「聞くわたし」を連れ去って、あと5分のところでよろけていたのは郵便ポストかもしれない。

廃蜜のブルガーゴギの定説を嘗め回して

廃蜜のブルガーゴギの定説を嘗め回して、ソチへの下りを浜辺の住処に求めていたにもかかわらず、モスクワ川の朽ちたロケットは雪に埋もれている。手を差し伸べて溶融する回路の緑性の線状をゆるやかに、そして、慎重を添えて、歯の欠けた動物園を時間とともに過ごしていたあの高層アパート。さらさらと、地下鉄の塑像は副次的遺失の回帰を口を広げた市場へのインセンティブの理論を無効化しながら、花束に埋もれた勲章を錆びさせている。伸び上がり、眠ったかのように、本屋のネオンのか細さは移ろいへの華やぎを連座して、黒い座礁に砂を撒いている。

サンドイッチマンという死語の備蓄に

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スキャンされたままのアッサンブラージュに凌ぎの付帯を編著する

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廃道への鼓動は友への後ろめたさでもあり

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